<映画>「知りすぎていた男」

「あなたにとって特別な映画は?」なんてことを聞かれたら、ぼくは迷わずこの映画を選ぶと思う。それには理由がある。

この映画を初めて観たのは20歳の時だった。
マラケシュを旅行してたアメリカ人一家のお父さん(ジェームズ・スチュアート)が、たまたま政治家暗殺計画を知ってしまったために息子を誘拐される。警察への通報を禁じられた父親は自ら、わずかな手がかりを頼りに息子を救出しようとする・・・・・・というストーリー。ヒッチコック自らが以前撮った「暗殺者の家」という映画のリメイクである。
スチュアートの妻がドリス・デイで、元歌手という設定。映画の初めの方で、息子と一緒に持ち歌の「ケ・セラ・セラ」を歌うシーンがあって、サービスシーンかなと思ったら、実はこれが伏線になっている。クライマックスでドリス・デイは、もう一度この歌を歌うのだ、涙ながらに。さすがにヒッチコックはうまいな、と思った。
この歌に感激したぼくは、たしかこんな歌のレコード、親父が持ってなかったかと家に帰って探したら、出てきたのは越路吹雪の「ケ・サラ」であった。とりあえず聴いてみると、まったく違う歌ではあったものの、これはこれで非常によく、ぼくはいっぺんで気に入ってしまった。繰り返し聴いてるうちに、この歌を使った芝居を書いてみたくなった。これがぼくの生まれて初めての戯曲「雪降る聖夜の物語」であり、のちにこのホンはツール ド フォース旗揚げのキッカケとなった。

「知りすぎていた男」がぼくにとって特別な映画だというのはそういうわけである。あの時この映画を観ていなければ、今の自分はヒョッとしたらなかったかも知れない。そう思うと、感謝したものやら恨んだものやら。

次は「こ」で始まる映画です。