2002年9月15日
下北沢 SamaSama

その日、下北沢のFMサテライト・スタジオに現われたパーソナリティ・ウルフ尼寺(おの)は、いつもと様子が違っていた。実は彼はウルフの双子の兄・尼寺ウリオ。弟になりすまし、スタジオジャックした彼は、自分を捨ててアメリカへ旅立とうとする恋人に、番組を利用して涙ながらに訴えかける・・・・・・


開演前のながばなし

1年9ヶ月ぶりのライブである。

なんたって、一昨年は1年で10本もやってしまった。最後の方は、ほとんど苦行に近いものさえ感じた。お釈迦様でさえ、苦行では悟りに至れないと言っているのに(手塚治虫「ブッダ」に書いてあった)、凡人のぼくが苦行の末何かを見つけられるなどと期待したわけでもないのだけど、まあ、価値ある体験だったと言えるのではないだろうか。西村知美の100kmマラソンほど感動的ではなかったにしても、最後までよくやったよなあと、自分という人間にちょっとだけ感心したりした。

その点、今回は半年以上も準備期間があった。楽勝であるはずだったのだ。だったのに、先月から今月にかけてのあわただしさはどうしたことか。やっぱりぼくは、締め切りが迫らないと何もできない人間なのだなあと、自分に対する評価をちょっと下げたりした。

バラシついでに書いちゃうけど、今回のラジオのネタ、実は一昨年の時点ですでに思いついてはいたのだ。渋谷の街中でサテライトスタジオを見るにつけ、演劇的な空間だなあ、ネタになりそうだなあと思ってはいたのだが、どんな話にすればよいかが思いつかなくて、ついつい後回しになって、結局やる機会がなかったのだ。(決して、つまんなくておクラ入りしてたわけじゃないよ)

でもまあ、ネタというのは不思議なもので、ある時ふっと、はめ方のわからなかったパズルのピースがピタッとはまるみたいにして、出来上がるものなのである。

いつか出来るはずだ、とあきらめずに取っといた、自分の直感とシブトさに、またちょっと感心したりして、でも裏を返すと、それだけアイデアが貧困だということなのかなあと、またちょっと評価を下げたりして…てなわけで、相変わらず進歩のないプラマイゼロのおのまさしではありますが、永い目で見てやって下さい。

では、開演までもうしばらくお待ち下さい。