実際は「半径弐米(にメートル)」の大浪漫

2005.10.11

おのまさしあたあ「巖窟王」が、おかげ様で大好評のうちに全6ステージの幕を閉じました。ご来場下さった皆様、ホントにありがとうございました。残念ながらおいでになれなかった皆様、ホントに残念でした。今月のメンズライブか「チャンピオン」でぜひお会いしましょう。

なんか、終わってドッと疲れたなあ。今回は演出に加えて制作もやったり、小道具もやったり、あとついでに主演もやったりしたのでとてもハードだった。だから終わった直後の感想は何より「終わってよかった」というコトであった。
例によって、公演を振り返ってあれこれ書いてみようと思う。

今回、お客さんから(出演者からも)一番質問されたのは「なんで『巖窟王』なの?」ということであった。
そもそも今回の企画は「金はない。だけど何かやりたい」という思いから始まった。上演パンフには書いたけど、「劇団じゃけん」さんが東中野のソバ屋さんで定期的に行っている公演があって、その一本を観たぼくは、思いきり狭い空間の芝居もイイなあ、と思ったのだ。
店を出て早速、自分だったらどんな芝居をやろうかな、場所は去年やったコレドかな、じゃホンは何がいいかなと考えてたぼくに、一緒に観てた妻は「『巖窟王』はどう?」と言ったのであった。
なんで「巖窟王」なんてホンの名が出たかというと、5年前の一人ライブの一本「歌う男」の時にすでに使った題材であり、ぼくが好きな作品だと知ってるからだろう。
ぼくは、何を言い出すんだ出来るワケないだろうと笑いかけ、「待てよ」と思った。これが「レ・ミズ」だったら明らかにムリだろう。だが「巖窟王」という話は、登場人物こそ多いものの、主要シーンは室内での一対一であり、加えて最初の見せ場は牢獄シャトー・ディフでの十数年間である。「こりゃ出来るんじゃなかろうか。どうせ狭い空間でやるなら、逆にスケールでかい方がオモシロイよなあ」なんて、すでにぼくの中では「巖窟王」舞台化が決まりつつあった。

そこから先は早かった。
まず、あれだけの登場人物をどうするかという問題については、男優を5〜6人(含むぼく)にしぼり、ぼく以外の人は数役を演じるようにしようと決めた。これには何より、コレドという店のキャパシティの問題がからんでいた。要するに、そんなに大勢の出演者が入れる楽屋がないのだ。
ならいっそ、みんなを舞台のそばに待機させといたらどうか。ただ待機させとくのも芸がないな。それならば、みんなに明かりと音をやってもらうのはどうだ? ロウソクと生音で! この「ロウソクでの上演」というのを思いついた時、なおさら「巖窟王」という作-品の持つクラシックな(大時代的な)雰囲気はこの形態にマッチしていると思えた。ここまで来たら、音楽だって生演奏で、といいたくなるのが人情というモノである。幸い、ショーGEKIの音楽をずっと担当してきた山本ヒロアキくんにOKをもらえた。この時点で「これはオモシロイ芝居になるぞ」という予感がした。しかし、これはまだ予感に過ぎなかった。

不安は、二度の下見ののちに訪れた。とにかく、ロウソクの火が思ってたより暗いし,壁に出そうと思ってる影絵がキレイに出ないのである。
やっぱ暗いのかなあ、でも電灯は使いたくないしなあ、と思い、6本立ての燭台と影絵用のオイルランプを用意してケイコにのぞんだところ、この明るさ(暗さ)でイケるな、と自信を持てた。
これは今回の発見だったけど、電気照明の下ではかなり気恥ずかしい芝居でも、ロウソクの明かりならできちゃったりするのだ。「とにかくみんな、芝居を大きくして。新劇か新派みたいに」というのがケイコ初期に出した指示だった。
このへんで、新しいひとつのテーマが出来た。ズバリ「芝居は恥ずかしい」である。本来、かなり恥ずかしいものである芝居だが、ぼくたちは慣らされてしまって、その恥ずかしさをわすれつつあるのではないか、今回はウンと恥ずかしいことをやってみよう、と決めたのだ。決めたからこそ、19歳の青年役だの、天に向かって「主よ!」と呼びかけたりだの、実の妻を相手にしてのラブシーンだのができたのだ。恥ずかしかったんですよ,どれも。
この「主よ!」については、少し違和感をカンジたというお客さんもいたし、役者も初めはやりづらそうだった。だが、この「巌窟王」の世界からキリスト教信仰は切り離せないので、「みんなちゃんと天に向かって、神様とお話して」という指示をしたのだ。

何もない空間での芝居では、シーンを作るのは役者自身である。特に今回の男優陣は、何役も演じながらスタッフワークもやるわけで、役者にかかるウェイトはかなりのものだったと思うけど、とにかくみんなよくやってくれた。特に金田さんは、一本の芝居で二度も死んだりして、タイヘンだったことと思う。お疲れ様でした。結構酷使しちゃったみたいで、本番近くにノドを傷めてしまい、そのため船長役は声の出し方をシフトしたのだが、それがかえってオモシロくなるというところがスゴイなあ。なお、最終日は船長の肩のオウムがしゃべったりした。こういうアソビを役者たちがドンドンやってくれると、芝居をタノシんでいるという空気は客席にも伝わるものだ。

女優陣はスタッフワークがないかわりに、着替えられるだけい着替えてくれるよう頼んだ。シンプルな舞台に花を添えてくれたなあ。女性客は皆さん,結構あのドレスを見てたようだ。あの小さな空間であれだけ着飾るという芝居も、あんまりないだろうからね。

あと、特筆すべきはやはり音楽だろうな。今回はシーンを盛り上げる音楽やブリッジ、MEに加えて、扉を閉める音や銃声などのSEまでやってもらった。音楽を入れる場所も、ステージを追うごとにドンドン増えていって、最後はかなりの数になった。生演奏での芝居は「赤い部屋」以来だけど、あの時以上に生演奏の威力を実感したなあ。

あ、あと、一応脚本についても書いとくかな。あれだけの内容を2時間10分にまとめたということで、脚本にもカンシンしてたお客さんが何人もいたようだ。よかったねえ、左門くん。

かくて「巌窟王」は、かつてないほどの大好評をもって迎えられ、メデタく幕を閉じたのであった。ぼくとしては、胸を張って「こんな芝居をやりました」と言える公演で、ホントにシアワセなことだと思う。お客さんにも「観ることが出来てよかった」と思っていただけたならなおシアワセである。

さて、休む間もなく今月は2日連続のメンズライブがあり、そして12月の「チャンピオン」「チャンピオン2」へとなだれこんでいくわけである。なんかもうヤケクソ状態ではあるが、お客さんのあたたかいお声だけが頼りです。今年もあと3ヶ月弱、皆様なにとぞヨロシクお願いしますね。

それではまた。次回はたぶんライブの後に。