おのまさし、キノクニヤに立つ

2009.3.31

オフィス・ワンダーランド「OKINAWA 1947」が先日(一週間以上経っちゃいましたが)全4ステージの幕を閉じました。ご覧下さった皆様、ホントにありがとうございました。残念ながらご覧いただけなかった皆様、7月のショーGEKI夏祭りでゼヒお会いしましょう。

今回の公演は、ぼくにとってはかなり特別なものであった。ナミナミならぬ思いがあった。
以前にも書いたけど、紀伊国屋ホールはぼくが生まれて初めて、自分でチケットを買って芝居を見た劇場である。忘れもしない天井桟敷最後の公演「レミング」。すでに全席売切れで通路の座布団に坐って見たものだ(今これダメだそうだけど)。これは多分、ぼくの人生の方向をある程度決定づけられたような体験であった。以来、ブレイク寸前の遊民社も第三舞台も、こまつ座の旗揚げもこの劇場で見て、ぼくの中でこの劇場はいつしか確固たるステータスを得ていたのだ。
「いつかここに出たいなあ」
そんな思いを抱いてはいたものの、ガクブチなしのフリースペースでの芝居を志向するツールドフォース、ショーGEKIという団体で芝居している限り、紀伊国屋という小屋は無縁の劇場であり、そこに出たいなら外部の公演に参加するしかなかった。
そのチャンスがやってきたのが4年前だった。それまで出演し続けていたワンダーランドがいよいよ紀伊国屋に進出する!となってぼくはホントにウレシかった。それだけに、主宰者さいふうめいさんの病気によって公演中止が決まった時、ぼくは心底ガッカリした。「ああ、俺はあの劇場には縁がなかったのかなあ」なんて本気で思ったりした。
そういう過程を経ての今回の公演である。しかも主役である。この気持ち、おわかりいただけるだろうか。

今回の芝居は6年前の「神鷲は死なない」の大巾改訂版である。というより、ほとんど別の作品になったと言った方がいいかも知れない。「神鷲〜」の名残を唯一とどめているのはぼくの役だと思うが、役名(通称)はガルーダからタンメー(長老)に変わり、完全に戦果アギヤーのリーダーになった。
最初、さいさんに「参考にして」と言われたのは映画「上意討ち―拝領妻始末―」の三船敏郎の、毅然として重厚な演技だったのだが、タンメーという男の持つ軽さ・明るさがそうさせてくれず、結局ガルーダ以上に少年のような心を持ったオヤジになってしまったようだ。
部落の一員が「(タンメーは)自分の命を扱うように他人の命を扱う」というこのセリフから、ぼくはこの男を一種の宇宙人として演じようと思った。過去にどんな辛いことがあったとかそんなことはマッタク頓着しない男。普通の人、特に現代の都会人には理解できないほどのエネルギーに溢れた男。そう決めると、演じるにはナミナミならぬエネルギーが必要だった。加えて、今回のカンパニーには若い出演者が多かったため、みんなを引っ張っていく側でなくてはならなかった。さあみんな、一緒にもっとガンガン行こうぜ!てなことを口に出しはしなかったけど(出したかも)、とにかくそんなつもりでやった。
務めは果たせたかな。タンメーはみんなに愛されていたと思う。最後に死んで、みんなに泣きながら取り縋られるところなんか、かなり愛をカンジたもんなあ。この先、舞台でも実人生でも、あんなに惜しまれることはないのじゃないだろうか。

今回、演じる上でとても助けになったのがアレクサンダー・テクニークというものであった。これは、非常にカンタンに言うと、体の使い方と発声がラクになるというもので、これまでだったら本番中は体かノドのどっちかがきっと結構疲れてたと思うのだが、かなりラクな状態で全ステージを終えられたのは、アレクサンダーのおかげなのではないかと思っている。トレーナーのふみえさん、ありがとうございました。大変お世話になりました。

とまあ、ぼくにとってはこのような公演だったわけだが、皆様いかがでしたでしょうか? 結構泣けるという評判だったけど、ご満足いただけたならシアワセです。なんか今回は、人生最大のヒゲ面だったためか、観終わったお客さんの第一声はほとんど「(そのヒゲは)ホンモノですか?」であって、「芝居よかったです」ってあんまり言われてないような気がするんだよな。
なんと、ワンダーランドは早々と来年5月の紀伊国屋公演を決めたそうだ。今回、何よりもヨロコぶべきは、さいふうめい完全復活ということだろうな。
さいさん、紀伊国屋進出おめでとうございます。元気になられてホントにうれしいです。今後ともヨロシクお願いします。5年後は帝劇進出ですか?ホンキにして待ってます。

ではまた。次はショーGEKI4月公演のあとかな。