私の元気は大丈夫!

2011.12.8

ショーGEKIワールド「ドコニ〜私の元気」が去る11月27日に全14ステージの幕を無事に閉じました。ご覧くださった皆様、ホントにありがとうございました。
おのまさしは、公演二日目にして突然、右手がシビレて力が入らなくなるという原因不明の奇病になりまして、ヒヤヒヤものの公演ではありましたが、みんなにフォローされて務めることができました。やれやれ。

てなわけで、今回も公演を振り返って書いてみようと思います。

「ドコニ」は6年前に初演した作品で、一人暮らしの女性主人公が東京での生活に疲れ、田舎に帰ろうとするその直前の一日(?)に起こる物語だったが、今回は新たに男性主人公バージョンを加え、2バージョン同時上演とした。

作品のチョイスには、やはり今年3月の震災が関わっている。
直接の被害を被っていない身とは言え、あの震災は、芝居という非生産的活動に従事する我々にとっては、アイデンティティを問い直されるものであった(大袈裟に聞こえるかもしれないが、ホントのことだ)。
「芝居なんかやってる場合か!」そう言われた時、我々はそれでも公演を決行するのか、自粛するのか。自粛してやめられるというなら、その程度のものにどれほどの価値があるのか。非常時だからやってる場合じゃないというなら、いつになったらやってもよくなるのか。
発生から半年以上経過し、震災はようやく少しずつ過去のことになりつつあるが、震災をキッカケにあらわになった「演劇をやることの是非」の問題は、今後我々がずっと抱えていかなければならないだろう。
震災のことに行数を割きすぎた。すごくカンタンに言えば「世の中元気がなくなっちゃったから、みんなが元気になるような芝居をやろうじゃないか」、それには「ドコニ」がまさにうってつけじゃないか、と言って決まったのが、今回のイキサツというワケだ。あれ?カンタンすぎるか。

初演時の「劇」小劇場からモリエールへ場所を移し、舞台空間が広くなったのにあわせて、ダンボール箱は数を増し、セットは立体的になった。それにより、思わぬところから人が出てくるびっくり箱的なオモシロさが増えた。まあその分、どう見ても一人暮らしの引越しとは思えぬ箱の数になったワケで、この点、理由付けというか辻褄合わせがやっぱり必要だったかな。

初演時との大きな違いはもう一点、三人(2班だから計六人)の「元気」という名のクラウンを加えたことである。
クラウンとは、サーカスでいうところの道化役だが、芝居においては時に進行役だったり、時にいろんな役として芝居に加わったり、時に芝居に茶々を入れたりという存在である。ぼくは昔からクラウンを使った芝居が好きで、自分の演出した「巖窟王」「80日間世界一周」「ドラキュラ」で、出演者の半数以上にクラウン的な役割を与えたのだが、ショーGEKIでクラウン芝居というのは初めてではないか。あえていうなら2000年の「ドリームス」かなあ。「八犬伝」はまたチョット違うし。
「ドリームス」も今回の「ドコニ」も、人間でないものたちがたくさん出てくるファンタジーである。ファンタジーとクラウン芝居というのは相性がいいんだな。
でも、あえていうなら、こういう役どころはホントは劇団員にやらせるべきなんだろうな。誰より芝居が好きで、芝居をアタマと体で理解してて、観客に一番近いところにいられる存在……クラウンというのは本来そういう役だからね。

そしてもうひとつ特筆すべきは、なかば新作のような男元気バージョンだろう。
女バージョンだと、小学生時代の恋とも呼べないような想い、高校時代の淡い淡い恋が描かれるため、切ない話として見やすくなるのに対し、男バージョンはモロに「性のめざめ」である。「個人授業」である(古い?)。加えて主人公マナブは変身願望を持つコスプレマニアである。どこまでお客さんをひかせることなく、お客さんの思いを受け取れるのか、やや心配ではあったが、初主役の辻くん、ガンバって務めてくれたのではないだろうか。クライマックスの桜吹雪のシーンは、客席で観ててちょっとウルッときたものね。

一方、我々のやった女元気バージョンの、初演時との大きな違いといえば、主人公ミツコの年齢が32歳に引き上げられたことである。そのため「32にして夢破れて帰郷した女性が、35にしてまた東京に出て行く」ということがピンと来ない、というお客さんもいたようだ(出演者の中にもいた)。
ぼくとしてはそこまで気にならず、3月の「新撰組」とくらべ、あの芝居の登場人物たちはみんな、30そこそこで国を、時代を背負ってたけど、今回は32にして「なんとなく元気がない」とか言ってる。エライ違いだなあ、と単純にオモシロく思っていたのだが。

初演時よりもミツコの元気のなさと、初恋の相手レントの透明感が増したことで、切なさに加えて郷愁みたいなものが出たのではないだろうか。
個人的には、役者としての命の賭けどころは、ミツコの記憶の中の父と、最後だけ登場する現実の父とのギャップだと思ったので、そこは力が入った。ともすれば、役者は感情から役作りをしようとするものだけど、「今回は(ミツコ以外は)みんな人間じゃないんだから、感情から役作りしちゃダメだぞ。それやったら人間になっちゃうぞ」とみんなに言ったりもした。うまく伝わったかなあ。

かくして、新しくなった「ドコニ」は幕を閉じたのだが、元気をなくしかけてる人に元気のカケラでもあげられる芝居になっていただろうか。なっていたなら幸いです。あらためて、ご覧くださった皆様、ホントにありがとうございました。
ショーGEKIの2011年はこれで終わり、来年は3公演を予定しております。どうぞ皆様、来年もショーGEKIをヨロシクお願いします。
では、楽しいクリスマスを。そしてよいお年を。