12年かかりました

2014.04.19

ショーGEKI実験シアター2014が、さる4月13日をもって閉幕しました。ご覧くださった皆様、ありがとうございました。ザンネンながらご覧いただけなかった皆様、7月の下北沢でゼヒお会いしたいと思います(^_^)

今回も公演を振り返って書いてみる。主に、俺が演出を手がけた「ラ・ボエーム」について。

毎回、研修生公演は、出演者の顔ぶれを見てから何をやるか決める。昨年はあの人数(この「人数」が何より大事かも)、あの顔ぶれだったからレミゼがやれたのだが、さて二ノ宮、岡本、丹羽という顔ぶれを見て正直俺は焦った。

「やれる芝居がないじゃないか!」

そんな時、新たにショーGEKIメンバーになったばかりの和久井が、こちらの本番前にテンカトルの公演も抱えていたものの「出してほしい」と言ってきたので、俺は「今度こそ、あの幻の『ラ・ボエーム』をやれるチャンスではなかろうか」と思ったのだ。

「あの幻の『ラ・ボエーム』」というのにはワケがある。
もともとこの「ラ・ボエーム」は、12年前におのまさしあたあで企画したものだった。
当時、なぜこれをやろうと思ったのかハッキリ覚えてない。オペラの「ラ・ボエーム」はビデオか何かで見てたと思うが、それだけでは自分でやろうという気にはならなかったろう。なんたって、オペラでもなきゃ大してオモシロイ話じゃないもの(^_^;)
やろうと思った一つのキッカケは、アキ・カウリスマキの映画「ラヴィド・ボエーム」を観たことだ。ミュルジェの原作をこよなく愛するカウリスマキが、原作に忠実に(オペラよりはずっと忠実に)作った作品だが、もはや若くもなく才能もない男たちが芸術にしがみつき女たちを嘆かせるという悲喜劇になってて、ひと目見て俺は大好きになってしまったのだ。
そして、この映画とは別に、ある時読んだ「アントナン・アルトー伝」。演劇に絶望し映画に絶望し、身体と叫びにこだわり続け、10年以上を精神病院で過ごしたこの奇才の評伝を読んだ時、俺にとっての「ラ・ボエーム」が生まれたような気がする。
できそこないのような、世の中からまったく理解されない、だがそれでも己の芸術と切り離されては生きていけない若者たちの話……座付き作者左門ヒサオくんに台本を依頼し、それは完成したのだが、当時のプロデューサー(昔の妻)がOKを出さなかった。理由は「暗い。娯楽的じゃない。こんなのお客さん入らないわよ」。
かくして企画はオクラ入り。そうこうしてるうちに、もはや自分では演じられない年齢になってしまった。
と、4年前、初の実験シアターをやることになり、「何かホンはないか?」と羽広に聞かれ、真っ先に思い浮かんだのがこの台本だった。
だが! ないのだ! データもハードコピーも! 左門くんに聞いても「なくしちゃった」とのこと。かくして実験シアター第一作は「ドラキュラ」になり、「ラ・ボエーム」は幻の作品として終わると思われた。
復活に至ったいきさつは、先ほど書いた通り。だが、左門くんに一から書き直しを依頼するにあたり、元の台本から何点か変更してもらう必要があった。(と言っても、俺も左門くんも、元の台本をすっかり覚えていたワケではないが)

変更点その@
ミュージシャン:ハルオを女役にする。

男の出演者が少ないので、三人のボエームの一人を女役にして(名前もハルキに変えて)、少なかった出番を大幅に増やした。もともとは、前衛詩人ミチロウと映画作家ケンジの二人が主人公だったのだ。だが、こうした方がよかった(^_^)

変更点そのA
芝居の始まりを路上にし、ミチロウ以外のストリートパフォーマーを出す。ミチロウが登場してそれをブチ壊す。

集客数を少しでも増やすため、あけちに歌を、元FOOMOONのOCHAさんにギターをお願いし、いきなり路上ライブのシーンから芝居を始めることにした。こうした方が断然よかった(^_^)
ちなみに、あけちに歌ってもらった「みっつのぼたん」は、4年前の「あけちの100万円オンステージ」でいっぺんだけ歌われた、いわば「幻の曲」。あらためて聴くと、ええ歌やね(^_^)

変更点そのB
進行役をつくる。

これも、集客数を増やすための手段の一つ。和久井以外のショーGEKIメンバーからもう一人出てもらおうということになり、ショーGEKIでは俺の演出に一番慣れているサトシに狂言回し役をお願いした。これも、こうした方が断然よかった。12年前はなぜ思いつかなかったのだろう?

かくして、変更点はすべていい方向に向かい、12年前よりはるかにオモシロイ台本が出来上がった。
今回の台本は、特にショーGEKIのおじさんたちにはシンパシーを感じるものになってたようで、映像担当の高橋くんには「こういうところ(自慢出来ることかどうかは別にして)通って来た自覚はあるのですが、若い子たちはどうなんですかね」と言われた。そうなのだ。狂おしいまでのコダワリ、暑苦しい情念、彼ら平成の若者たちがそれらをどこまで表現してくれるのか。

去年のレミゼは「大作に無理矢理挑まされヒイヒイ言ってる研修生たち」が見えれば、まずはそれでよかった。しかし今回は、「これは研修生の芝居だから」という逃げ道をいっさい作ってない。レミゼよりハードルをかなり上げてしまったのだ。
一ヶ月の稽古を経た、その結果がどうだったかというと……

生々しい、魂と魂のぶつかり合いの話なのだが、「触れ合い」までしか行かなかったかなあ(「触れ合い」にはなった、なんとか)。もっともっと、体温も体臭もカンジられるものになれば、もっともっとオモシロくなったのだろうが、そこには至らなかった。これは演出の腕のせいなので、深く反省(>_<)
本編で流れる、高橋くん演出・編集のパチンコ屋のCMは好評だったが、ハルキ作のノイズ・ミュージックは、時間と予算が許すならばもっと凝りたかった。一ヶ月くらいスタジオにこもって作りたかった。またやる機会があればぜひそうしたい。あるかなあ(^_^;)

ワークショップ公演についても少しだけ書く。
今年で三回目となるワークショップ公演、今年のタイトルは「自分独立宣言」。過去同様三話のオムニバスだが、今年は初めて、一話に一人ずつショーGEKIメンバーが出演することになった(1話とーる、2話タケシ、3話修二)。
共通するテーマはアイデンティティ……なのかと思ったらそうでもなく、要は「何かを認めて前に進む」ということだろうか。「ドコニ」のようにダンボールが積み上げられたセットで行なわれたドラマは、シチュエーションコメディ、クライムサスペンス、ファンタジックなホームコメディと趣向を変えてある。3話目の「ドコニ」みたいな話が一番オモシロかった。みなさんおつかれさまでした(^_^)
ワークショップ生だけの公演を観たい、というご意見もあったようだけど、劇団の行うワークショップ公演としては、今回のようにメンバーが参加する形が正当なのかなと俺は思った。まあ、来年はどうなるかわかりませんが。

かくして、今年も実験は終わった。
いつも言うことだけど、「実験」という呼び名を逃げ道にはしたくない。舞台に乗せたからには、他のどんな舞台にも見劣りしないものにしなくてはならないと思っている。
今回は、俺の演出の腕を含め、至らなさが目につく公演ではあったかも。だがそれでも多くの人から「オモシロかった」「いい芝居だった」と言っていただいて、とてもウレシイかったです。あらためて、皆様ありがとうございました。
研修生も、おのまさしも、まだまだ発展途上であります。今後ともヨロシクお願いします。名前を「おのまさし、」にしようかなあ(^_^;)

ではまた。次は新生ダンパチ公演のあとで(^_^)一番